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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)1353号 判決 1973年11月27日

控訴人 島村寛哉

右訴訟代理人弁護士 近藤與一

同 近藤博

同 近藤誠

同 福田力之助

被控訴人(亡長谷川小三郎訴訟承継人) 長谷川幸子

右訴訟代理人弁護士 伊集院兼清

同 星村七生

同 鈴木輝夫

同 村上昭夫

右訴訟復代理人弁護士 佐々木国男

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の建物(増築部分を含む)を明渡し、かつ、昭和四四年八月一五日から右明渡済に至るまで一ヶ月金五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の建物(増築部分を含む)を明渡し、かつ、昭和四二年九月一日以降右明渡済に至るまで一ヶ月金五〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、次に記載するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴代理人の陳述)

一、一審被告(当審における承継前の被控訴人)亡長谷川小三郎(以下単に亡小三郎と表示する)は、昭和四七年四月七日死亡し、その二女である被控訴人長谷川幸子が唯一の相続人として亡小三郎の一切の権利義務を承継した。

二、亡小三郎が昭和四二年八月中旬頃に本件建物についてした無断増改築の内容として、原審で主張したほか次のとおり主張する。

(イ)  亡小三郎は、本件建物の基礎の従前のネダを取り外し、コンクリートの土台石を設置した。

(ロ)  本件建物の外壁は従前はモルタル塗であったところ、亡小三郎はこれを全部はがしてトタン張に張りかえ、加えて外壁に設置されてあった木製の窓を全部取りはずして本件建物の前側と西側とにアルミサッシュ製の窓を設置し、後側には新しく木製のドアーを設置して西側通路に出入口を設置した。

(ハ)  内部については、模様替えのために柱を除去したり、壁、天井を取除いて新建材の壁、天井とし、奥の六畳(八畳と主張するが六畳の誤りと認める。)の間との境に新たに障子を設置した。

(ニ)  また奥の六畳の間についても、壁、天井を取除いて新建材の壁、天井とした。

以上のごとく、亡小三郎が昭和四二年八月にした増改築は、被控訴人の自認するところでも費用五五万円に及ぶなど、およそ程度の大きいものであり、本件建物の基礎を変更し、一見して同一性を疑わしめるものであって、賃貸人であり、かつ、所有者である控訴人との間の信頼関係を破るものであった。

三、亡小三郎は、本訴の第一審判決の結果控訴人が敗訴となるや、控訴中であるにも拘らず、昭和四四年八月一〇日頃、本件建物の屋根瓦をほとんどはがして屋根の骨組にあたるノジ板・モヤ・タル木を取除き、新しく屋根の骨組を作って、これに従前の瓦を乗せ、恰も従前の屋根と同じようにした。しかし、右は修理の範囲を越えたものである。控訴人は右に対し原状回復を請求したが応ぜず完成したので、昭和四四年八月一三日付(同月一四日到達)の内容証明郵便で本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。よって、かりに従来主張していた昭和四二年八月二〇日到達の書面による解除の意思表示が無効であったとしても、前記内容証明による意思表示によって本件賃貸借契約は解除されたものである。

四、亡小三郎が控訴人に対し、昭和四二年八月分の本件建物の賃料を同年七月二四日に支払った事実は認める。よって、被控訴人に対する賃料相当の損害金の支払の請求は、昭和四二年九月一日以降の分に減縮する。

(被控訴代理人の陳述)

一、亡小三郎が昭和四七年四月七日死亡し、その二女である被控訴人長谷川幸子が唯一の相続人として亡小三郎の一切の権利義務を承継した事実は認める。

二、本件建物の増改築に関する控訴人の主張について。

(イ)  本件建物は明治時代に建てられたもののごとく、土台となった木材には処々に腐った部分が発見された。それで、著しく損傷した木材はこれを取除き、代りにコンクリートの土台石を置いた。また腐朽の程度の軽い土台木材部分については、コンクリートを木材上に塗りつけた。土台石を入れたり、コンクリートの上塗りをした部分は本件建物の土台の全部ではなく、一部分にすぎない。

右は亡小三郎が有する修理権の範囲内の修理である。

(ロ)  本件建物の外壁が、賃借の当初、モルタル塗であったことおよび本件建物の前側と西側とに木製の窓のあったことは認める。しかし、モルタル塗は殆んど全部はがれ落ちており、亡小三郎がはがした事実はない。そして、過去二〇年の間にモルタル塗の脱落した箇所にブリキを張り外気を防いだ。昭和四二年八月中旬頃修理を行なった際は、以前に張ったブリキのうち腐朽の甚だしくなった部分を新たなブリキと取替えたにすぎない。これまた修理権の範囲内の行為である。

窓枠については、賃借の際に装備されていた木製の窓は、腐朽して崩れ落ちそうになっており、修理の方法がなかったので、アルミサッシの窓を装備した。

控訴人は、「後側に新しく木製のドアーを設置して西側通路に出入口を設置した。」と主張するが、亡小三郎は後側のドアーを閉鎖して西側に出入口を設置したのであって、後側のドアーのほかに新しく西側出入口を設置したものではない。後(裏)側の通路は狭くて通行人の邪魔になるので、西側の広い通路に面して出入口を設置したものである。右は裏側居住者の通行の便宜を図ったものにすぎない。

(ハ)  控訴人は、亡小三郎が、内部の模様替えのために柱を除去したり、壁、天井を取除いたと主張するが、そのような事実はない。玄関に隣接する六畳間は、控訴人から借り受けた当初は五畳の板の間であったが、板敷が著しく損傷したので、亡小三郎は板敷二枚、畳三畳に模様替えをした。しかるに右板敷および畳もまた損傷したので、昭和四二年八月中旬頃、玄関の畳一畳を取入れて六畳の板敷としたものである。

奥の六畳間との境に新たな障子を設置したことは認めるが、右は従来の障子が破損して使用に耐えなくなったので、新しい障子に置きかえたにすぎない。

(ニ)  亡小三郎が、奥六畳間の壁、天井を取除いた事実はない。ただ従来の壁、天井の上に、新建材の板をもって上張りをしただけである。

三、亡小三郎が控訴人から昭和四四年八月一三日付の契約解除の内容証明郵便を受領した事実は認める。

本件建物は大変古いので、西側通路に本件建物の屋根の瓦が時々落下することがあり、右通路の通行人に対して危害を及ぼす危険があるとして、隣人より警告されることが度々あった。また瓦のずれも相当あったことは勿論である。そのうえ控訴人は本件建物に隣接して二階建の建物を新築したが、その際本件建物を足場として使用したため瓦が相当破損した。かくして本件建物の室内への雨漏りが甚だしくなり、居住困難となった。よって取急ぎ屋根の修理を行なったものである。修理にあたり、ノジ板、モヤ、タル木等を取り除いたことはあるが、右は屋根の全部のそれらを取替えたわけではない。ノジ板等の取替えは、屋根の面積の六分の一にあたる程度である。控訴人が亡小三郎に対し、右の屋根の修理に対し、原状回復の請求をしたとの事実は否認する。

控訴人は屋根修理の最中、被控訴人宅を来訪し、不服らしい態度で屋根修理の件につき被控訴人と相談したいと申出た。それで被控訴人が伊集院代理人と相談して貰うよう、同人を電話口に呼出し、控訴人に電話口に出るよう申出たが、控訴人は、これを避けて帰ったのである。

四、かりに控訴人に本件建物明渡請求の権利があったとしても、被控訴人の生活の本拠を奪うものであるから、右権利の行使は権利の濫用であって許されない。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、まず控訴人の昭和四二年八月二〇日到達の書面でした解除の意思表示の効力について判断する。

当裁判所は右の意思表示は無効であるとするものであって、その理由は原審の判示した理由と同一であるから、原判決の理由一および二をここに引用する。なお、控訴人は当審において、右増改築の内容の具体的な指摘をなし、このような増改築は、修繕の程度をこえることの甚だしいものであると主張する。そして、当審における検証の結果よりすれば、ほぼその指摘に近い修理、改造が行なわれたことを窺うことはできるが、しかし、いまだこれをもって修理の程度を甚だしく逸脱したものとまでいうことはできない。そして、この程度の修理、改造の事実があったからといって、この時点における控訴人主張の前示解除の権利濫用を肯認した前記判断を左右するには足りず、また、他に当審での証拠調の結果によっても右判断を覆えすに足りるものはない。

二、そこで、次に控訴人の昭和四四年八月一三日付(同月一四日到達)の書面による解除の意思表示の効力について判断する。

亡小三郎が昭和四四年八月一〇日頃、控訴人に無断で本件建物の屋根の少なくとも一部分(その程度については、後に判示する。)につき、その骨組であるノジ板、モヤ、タル木を取除き、新たな骨組を作り、これに従前の瓦を乗せる工事を行なったこと、控訴人が亡小三郎に対し、同月一三日付(同月一四日到達)の内容証明郵便で本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によれば、右屋根の工事はとうてい屋根全体の六分の一程度のものに限られてはおらず、屋根の半分以上にあたる部分の大改造というべきものであり、補修ないし修繕の程度をはるかにこえるものであることが明らかである。そして、≪証拠省略≫によれば、控訴人は右工事を施工していた大工早川文夫を通じて亡小三郎に対し、右工事の中止方を申入れたことを窺うことができ、この申入は原状回復の催告を含むものと解せられる。よって、特段の事情のない限り、本件賃貸借契約は昭和四四年八月一四日の経過とともに解除されたものといわなければならない。

被控訴人はこれに対し、右解除は権利の濫用であると主張する。しかし、右認定にかかる本件屋根の改造は、もともと本件訴訟の第一審判決の言渡の日である昭和四四年五月二九日の後まもない頃の係争中に行なわれたものであり、また、≪証拠省略≫によれば、当時屋内の二ヶ所ほどに雨漏りがあったものの、亡小三郎はこのときも控訴人に対し、修理についての相談ないし通告等はなんら行なわずに、突如として、一方的に強行着手に及んだことが認められる。右認定のように雨漏りがあったとしても、本件のような訴訟中のことでもあれば、その修理をするについての手続きと、修理の程度について配意するにおいては格別、そのようなこともなく前判示のような大改修に及んだことは、亡小三郎が昭和四二年八月頃に施工した工事と相俟って甚だしく賃貸人の信頼を裏切る性質のものであるといわざるをえない。

なるほど亡小三郎は当時老令であって目を患っており、本件建物が唯一の生活の本拠であったけれども、このことを考慮しても右判示のような再度の所為による背信性を否定することはできず、他に右解除を権利の濫用であるとするに足りる事情は見当らない。

してみると、本件建物の賃料が一ヶ月金五〇〇〇円であることは当事者間に争いがないので、亡小三郎は控訴人に対し、本件建物を明渡し、かつ、本件解除の翌日である昭和四四年八月一五日から右明渡済に至るまで一ヶ月金五〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務がある。

三、亡小三郎が昭和四七年四月七日死亡し、その二女である被控訴人が相続人として亡小三郎の一切の権利義務を承継したことは当事者間に争いがない。よって、被控訴人は亡小三郎の控訴人に対する前記本件建物の明渡しと損害金の支払義務を承継したものであるから、控訴人の本訴請求は右の限度においてこれを認容し、これをこえた部分を棄却すべきであるが、原判決はこれと異なるのでこれを変更することとし、事案にかんがみ仮執行の宣言を付することなく、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中西彦二郎 裁判官 小木曽競 深田源次)

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